淀川社長を振り返る

 たぶん淀川社長による最後の「談話室」が更新されました。
 で、あんまりダラダラと取り上げたくもないので、最後に淀川社長を軽くまとめをしておこうと思います。







 まず、社長も言っているように経営面での成功。
 これは大きな功績として、認めてもいいんじゃないでしょうか。
 観客動員数の増加、小口も含めたスポンサーの確保、そして親会社からの独立を目差すための減資の成功…。
 これらはもっと評価されるべきだと思います。


 「淀川社長の功績はたかがそれだけ」と言うことはないでしょう。
 なにせ、社長が就任した頃の一番の課題はこの経営面だと言われていたはずですから。
 「Jリーグの貧乏クラブといえばジェフ」だったのを、J1でも中の下くらいの経営規模に押し上げたわけです。
 もちろんフクアリへの移転、オシム監督の下での成功など追い風が合ったことも確かだし、社長だけの功績とも思えません。
 しかし、追い風が吹いていても突っ立っているだけでは何も起こらなかったはずです。
 最重要で最低限のミッションをクリアした…と言ってもいいのかもしれませんね。






 しかし、一方で淀川社長が目標に掲げていた選手流出問題の解決は達成できず、むしろ酷い状況になってしまいました。
 06-07年オフはまだ許せたと思います。
 たぶん坂本の放出(ここはあえて放出)も強化部や監督の意向が強いものだったと思いますし、阿部の移籍もその状況やその分で獲得した資金を考えれば仕方のないものだったんでしょう。
 しかし、07-08年オフの大量流出はさすがに言い訳の出来ない状況だった思います。
(もしかしたらどなたかが敢えてそのような状況を作り出したのでは、とも思ったりして。要するに代理人や選手などに働きかけて、社長や古河に言い訳の出来ない状況にしたのでは…。まぁ勝手な憶測なのではっきりとは言いませんけど…。)





 オシム監督の流出にしても、色々あったにせよ止められなかったのは事実。
 2chでの有名なコピペにしても、私にははただの川淵氏のわがままな言い分にしか読めないのだけど、淀川社長がジェフにいたことによって交渉がスムーズに進んだのは確かでしょう。


川淵三郎 『虹を掴む』
「『そんなにうれしいのか』と聞くと、
『そりゃそうですよ。だって、ここで二つ負けて帰ってきたら、
もう川淵さんのことだから、絶対に(イビチャ・)オシムを代表にくれと言うに違いないと思ってましたもん』
古河の後輩のこの答えには、本当に笑った。つい私も気が緩んで、
『おまえ、ようわかっとるじゃないか』
ふたりで大笑いになった。
淀川は冗談めかして言ったが、私からそういう要望が来たら、受ける覚悟をしていたのだと感じた」
 これを読んでどう感じるかは読む方次第でしょう。
 私は淀川社長以上に川淵氏こそが恨むべき人間であり信用できない人だと思っていますから、この文章を読んでも川淵氏に対する怒りばかりが出てきてしまいますけどね。
 あの祖母井さんが「やり方が嫌いだ」とはっきりと公に言ってしまうくらいの相手ですからね…(笑)


 けれど、古河派閥の上下関係というのは私が思っているように強いようだし、面と向かって逆らうことは出来なかったのではないかとも思うのです。
 そうであるのなら、言うまでもなく非常に残念です。













 基本的に淀川社長は、やる気のある人ではあったと思います。
 けれど、それが逆に空回りしたというか、暴走を引き起こしてしまったのではないかとも思います。
 その結果ワンマンな形になり、周りがついていけなかったのではないか…と。










 印象的だったのが、昨シーズン前半なかなか結果の出ない時期。
 怪我のストヤノフが明らかにイライラして来賓席から試合を見ていたのですが、そこに淀川社長が来て直接話しをしていました。
 まさかあの時はその2人がすぐにジェフから去ることになるとは思ってもいなかったのですが、いったい何を話していたんでしょうね…。




 まぁ、とりあえずお疲れ様でした。
 皆には嫌われた社長だったけど、それでも言い訳もせずきちんと人前に出てきたことだけは立派だったと思います。
 昨年の最終戦だってブーイングされるのは目に見えていました。
 私だったら逃げ出していたかもしれません(笑)





 にしても、あの時のブーイングが去年一番声の出ていたときでしたよね(笑)
 それもそれで悲しいなぁと、いろんな意味で思ってしまいますね…。