ただパスをつなぐこととビルドアップの違い

 例えば、右SBが右SHに縦パスを出す。
 その瞬間に右ボランチが右SHに近づき、FWもポストを受けられる位置に行き、右SBもボールをもらい直す体勢を作る。
 これだけでボールを持った右SHには3つもパスコースが出来たことになる。


 けれど、サッカーには相手があることだから、実際には3つもパスコースは出来ない。
 というのはどういうことかというと、当たり前だけどそれぞれに相手選手がマークが付いてきているということになる。
 DFラインなど低い位置ならばともかく、ボランチより高い位置で前を向かせたくはない。
 フォーメーション次第だけれど、相手の左SH、左SB、ボランチなどがボールの近くに集まってくる。
 自チームから見て、右サイド寄りに選手が密集していることになる。


 そこで右SHは右SBにボールを素早く戻す。
 右SBは他の選手に比べマークが薄いはずだし、何より体勢を整え前を向けている。
 これが非常に大きい。
 前が向けているということは視野も広くなり、縦パスなども出しやすい。
 ボールを持った右SBがパスを受ける姿勢を作っていた右CBに素早く、パススピードの速いショートパスを出す。
 そして右CBは左CBを通り越すロングパスを左SBに供給。
 そして、左SBは早い判断で左SHに縦パス。
 相手チームは自チームから見て全体的に右サイド寄りにいるはずだから、左サイド側が薄くなっている。
 これで左SHはその相手の薄いエリアを、攻撃することが出来ることになる。



 これがビルドアップの一例ということになります。
 ようするにビルドアップというのは、チーム全体で同じイメージを持った上で、選手達が組織的に動かなければそう上手く成立するものではありません。
 ビルドアップ能力を向上する、パスワークの質を高めていく…ということは、チーム全体で有機的に動けて始めて評価できるものでありそう簡単に出来ることではないのです。



 ただ単純に相手が来たからパス、相手が来たからパス…というのを続けていても、まったく意味はありません。
 それは「パスを回してる」のではなく、「相手から逃げている」だけということになってしまう。
 

 自分達主導でビルドアップをしよう、攻撃を組み立てていこうという意識が薄いと、パススピードも遅くなる。
 パスを出してからもらう意識も出てこない。
 パスを受けてからの判断スピードも遅い。




 だけど、ボールを持っている時間だけは経過するから「ポゼッションはできた」、「パス回しは出来た」という勘違いになってしまう。
 パスの意図が“逃げ”ばかりだから奪われるリスクも少なくパスの本数だけはやたらと増えていくんだけど、実際のところ意味のないパスばかりということになってしまう。
 それでは「パス回しが出来た」とは言えないでしょう。
 



 そんな状態で、困った挙句ロングパス…と。
 だけど、相手は守備の体制を整えているから、それも有効なロングパスとはならない場合が多い。
(もちろんロングボールも状況に応じては重要な武器になるのだけれど。)


 あるいはパスの出しどころに困ったところで、技術力のあるボランチにパスを出すのだけど、ボランチが後ろを向いている場合が多く、有効なパスは出しづらい。
 なにせ、相手もボランチには前を向かせたくはない。
 ボランチをフリーにすると360度どこにでもパスが出せるし、技術力のある選手なら中盤の位置からでも精度の高いラストパスを出すことが可能ですから。

 
 
 そこをフリーにしたからやられちゃったのがちばぎんカップの1失点目。
 まぁ、逆に中盤のボランチ付近に入ってきた工藤が、それをやり返したともいえるのですが。
 ただ、あれはどちらの得点も「パスワークで崩した」とは言えず、「相手の守備が勝手に崩れた」と言う方が近いでしょう。
 ボランチ付近で簡単に相手をフリーにした時点で、負けですからね。
 もちろんそこを逃さず確りと質の高いラストパスを出した工藤と杉山、きっちりと決めた谷澤と菅沼はしっかりと評価されるべきだと思いますが。



 ということで、ボランチへのマークというのは現代サッカーでは当然きつくなりがちです。
 だからCBやSBにビルドアップ能力を求める。
 オシム監督が「モダンなサッカー」をするのに必要な人材として足元の技術のあるDFを求めていたのも、そういった意味があるはずです。





 また、『パスで相手を崩すサッカー』となれば、より難易度は高くなってくるはずです。
 というのも、ビルドアップの際は低い位置でも行えますから、DFやSBなど相手のマークが薄く比較的フリーで前を向きやすい選手が使えるわけですが、より守備の厳しくなる高い位置でパスをつなぐとなるとそうはいかなくなる。


 「パスで崩す」となればボールホルダーの周りを、選手達がオフザボールで連動性を持って積極的に動き回らないといけないはずです。
 というも、高い位置でパスを繋ぐとなれば、当然ボールを持っていない選手達にもマークがついている。
 そのマークを外さなければフリーな選手は出てきません。
 「相手を崩す」ということは「高い位置でフリーな選手を作る」ということとも言えるはずです。
 となると、パスを受ける側も足元でもらおう意識だけではマークは外れないし、パスを出す方も工夫していかなければいけない。



 ようするに、ただパスを繋いでいるだけではマークは外れないわけですから、オフザボールでマークを外す。
 あるいは、オフザボールで無駄走りをしてオトリになり、ボールホルダーのマークをずらしを一瞬フリーにする(こちらはオシム監督が得意としていましたが。)
 そういった、ボールホルダーと周りの選手の連動したプレーが必要になってくるはずです。
 しかも、パスを出す先が1つでは読まれてしまうため、多くの選手達がボールに絡まなければ相手は崩せない。
 そのためにはSBやボランチのオーバーラップなど、どこかでリスクを負ったプレーをして数的優位を作らないとなかなか難しいと思います。
 数的優位を作るということは、どこかの選手がフリーになっているはずですからね。



 …ということを考えていくと、今のジェフで「パスで崩すサッカー」というのはなかなか難しい。
 リスクを負った後方からの飛び出しなどは原則禁止されているはずだし、オトリになるオフザボールの動きなどもほとんど見られない。
 メンバーも一対一で相手をドリブルで抜ける選手などを優先的に補強していて、質の高いオフザボールの動きが出来る選手だとか、運動量豊富な選手だとかは基本的には少ない。
 だから、「パスサッカーが出来ない(難しい)」というよりは、「パスサッカーをするようなチーム作りを基本的にはしていない」というのが正しいのでしょう。


 でも、だからといって、それが問題であるというつもりはありません。
(ただ、ちばぎんカップでも見られましたが、昨年終盤からドリブルの意識が強すぎで深井や谷澤が強引にいこうとするプレーが増えているのはちょっと心配な点ですが。)
 現在の日本代表も基本的にはパスで崩すサッカーではなく、ドリブルサッカーというイメージが強いでしょう。

 
 ドリブルで相手を抜く能力の高い選手を積極的に起用し、ショートパスを多用するビルドアップも最終的にはそういった選手達に「いかにドリブルをさせるか」に重点が置かれているはずです。
 ジェフと少し違うのは積極的にオーバーラップを仕掛けることで、それによってビルドアップは比較的スムーズに行われているんじゃないかと思いますけどね。


 問題なのはどの戦術であれそのチームにそのサッカーがあっているのかどうか、そのサッカーをやれるだけの準備が整っているかどうかだと思います。

 

 ともかくパスで崩すサッカーをするにせよ、ドリブルで崩すサッカーをするにせよ、チームで有効なビルドアップをしていくということが重要になってくるはずです。
 そのためにはしっかりとチーム全体で攻撃の意思統一を図り、その上で複数の選手による連動した動きというのが重要になってくるのではないかと思うわけです。