フクアリこけら落とし ジェフ対横浜FM戦
フクアリ10周年ということで、こけら落としとなったジェフ対横浜FM戦の感想を書いてみたいと思います。
今の自分がオシム監督のサッカーを見たらどのように感じて、どのような文章を書けるのかという思いは以前からあって、昔から温めていた企画でもありました。
10周年には少し早いですが、いいタイミングだと思います。
2005年10月16日日曜日。
雨の降る中、フクアリで初めてジェフ戦が行われました。
ジェフはオシム監督就任3年目で、1年目の03年第2ステージは優勝した横浜FMと勝点同数の2位で、04年も第2ステージは2位。
Jリーグは05年から1ステージ制に変更となりこの段階でジェフは7位でしたが、ナビスコ杯決勝進出も決めており充実したクラブ状況だったと思います。
対する横浜FMも03年に岡田監督が就任し、1年目で第1・第2ステージを制し完全優勝。
この完全優勝が1リーグ制移行への議論を進めた印象もありました。
翌年も第1ステージ優勝を果たし、チャンピオンシップで浦和に勝利し年間優勝を達成。
しかし、岡田監督3年目は低迷しこの時点で10位といった状況でした。
■阿部のオープニングゴール
試合のデータはジェフの公式サイトにて。
オシム監督時代のジェフは、相手のフォーメーションに合わせたシステムを取っていました。
前からマンマークでついていって、リベロ1人がフリーとなり最後方でカバーをする形を基本とし、状況に合わせてマークの受け渡しをしていました。
この頃のJリーグは3バックが主流で、横浜FMも3-5-2の1ボランチシステム。
横浜FMの大島と坂田の2トップに対して、ジェフは斉藤大輔と結城がつき、ストヤノフがリベロ。
トップ下には奥と大橋が入り、ジェフの阿部と勇人のボランチが対峙。
右サイドの田中隼と坂本がマッチアップして、左サイドのドゥトラとは山岸が勝負。
相手のボランチは那須で、ジェフはトップ下に羽生。
3バックは河合、松田、中澤で、この日のジェフは巻と林の2トップでした。
GKは横浜FMが榎本達也でジェフが立石。
マリオ・ハースが巻と組むことが多かったのですが、ハースは怪我が多いのが難点でこの日は怪我明けでベンチスタート。
その他の控えメンバーは櫛野、ポペスク、工藤、水野と、オシム監督らしく攻撃的な選手ばかりが並んでいます。
対する横浜FMのベンチは榎本哲也、元ジェフの中西、マグロン、山瀬、清水で、磐田から05年夏に移籍したグラウは出場停止。
この頃ベンチ枠の規定は5人で、翌年から7人に拡大されました。
オシム監督はいつも通りのんびりとベンチへ。
立ち上がり数分こそ横浜FMが攻め込んでいきましたが、その後はジェフが攻める機会が増えていきます。
9分にはジェフが右サイドから攻撃。
羽生からのサイドチェンジを受けた結城が、ボールを持ち込んでいきスローインへ。
スローインから山岸が受け結城に戻すと、中央から受けにきた林にパス。
林がワンタッチで裏へ出すと、山岸は完全に抜け出し巻を狙った鋭いセンタリングを出しますが、中澤がなんとかクリア。
時間にすると数分ですが、ジェフの狙いの見えた崩しでした。
まずジェフの選手たちが左サイドによって、相手をひきつけてからサイドチェンジ。
前にスペースがあれば積極的に出ていくという約束事の下、結城がボールを持ちあがっていきます。
この攻撃はスローインになってしまったものの、今後は右サイドでのパスワーク。
サイドでボールを持った選手に対して、斜め前からフォローに行くというのが当時の特徴で、そこでトライアングルを作る。
あるいは、受けに来た選手が軸となって、1-2で後方の選手が駆け上がる。
もしサイドに選手が寄ったことで攻撃に詰まってしまったら、相手もひきつけていることになるわけだから一度下げて逆サイドへ。
試合序盤からジェフは後方でのパスワークが迷いなく、パススピードも非常に速いことが印象的でした。
実際のこのシーンでは林、結城、山岸でトライアングルを作って、山岸が飛び出しました。
そして、林のダイレクトプレーも、当時のジェフの特徴でした。
引いた相手を崩すためのダイレクトプレーの重要性は今でも言われていますが、周りの選手との連携が取れていなければ効果的には使えない。
このシーンでは結城が林にパスを出した瞬間に山岸が裏を狙っており、結城がパスを出した時点で3人の中で崩しのイメージが出来ていたのだと思います。
15分にも、ジェフのチャンス。
林と山岸がパス交換をした流れから、中央で勇人が相手DFライン裏に飛び出すとそこに林がスルーパス。
パスは通りましたが、勇人の中央へ合わせたボールは奥にクリアされます。
このプレーで得た右サイドからCKを、それまで担当していた林に代わって羽生が蹴ると、阿部がヘディングで決めて先制ゴール。
うまく前で斉藤大輔が相手をひきつけて、阿部が合わせた形でした。
フクアリでの記念すべき初ゴールを、阿部が決めたことになります。
その後も、優勢にジェフが試合を進めます。
25分にもジェフのチャンス。
羽生がDFラインからボールを受けに下がって中盤で反転すると、羽生が前を向いた瞬間に巻が飛び出しそこへスルーパス。
裏を取った巻がすぐにシュートに持ち込みますが、GK榎本が反応しCKに逃れます。
40分には横浜FMのチャンス。
中澤が中盤までボールを運んでいき、右サイドへ展開。
奥がクロスを上げると、中央で大島が競り勝ってヘディングシュートを放つも、GK立石がセーブ。
ジェフに攻撃の形を作られることが多かった横浜FMは、前半30分あたりから奥をボランチに回します。
中盤後方の守備を厚くしてジェフの飛び出しを警戒するだけでなく、後方で奥がボールを触ることでビルドアップも改善。
ようやくリズムが出来つつありましたが、それでも前半終盤にはジェフが攻め込むシーンが目立ち、ジェフ優勢で前半を折り返します。
■巻のゴールで勝ち越すも終盤に失点
前半流れの悪かった横浜FMは、ハーフタイムで大橋に代えて山瀬を投入。
しかし、後半5分にはジェフのチャンス。
まず右サイドで結城、斉藤大輔などもボランチエリアに顔を出し、細かくゆっくりとしたパスワーク。
一度前に攻め込むも攻撃を作りきれないと後方に戻すと、阿部が大きく左サイドへサイドチェンジ。
これは相手に跳ね返されますが、ボールを拾って坂本が大外でキープをして、中央を駆け上がったストヤノフを使います。
ストヤノフがそのまま持ち込みクロスを上げると、ファーサイドの巻がヘディングで中央に落とし、山岸がすらして最後は勇人が右足でシュート。
完全にフリーな状況でしたが、シュートを外してしまいます。
一つ前でためたところで、素早く後方の選手が前に出ていきサポートする…というもの、この頃のジェフに良く見られた動きでした。
その直後には、横浜FMのチャンス。
中盤でのセカンドボールを横浜FMが拾って、右サイドへ展開。
田中隼が守備が整う前に素早くアーリークロスを上げ、山瀬がストヤノフの前を奪ってヘディングシュートを放つもゴールならず。
後半12分にはジェフのカウンター。
結城が大島のポストプレーからボールを奪うと、そのまま長い距離を持ちあがります。
横浜DFに囲まれながらも左前方にスルーパスを出し、林が受けてそのままシュート。
羽生も詰めていましたが、GK榎がしっかりキャッチして得点はならず。
高卒2年目の水本との熾烈なポジション争いを展開していた結城ですが、この日のプレーにもキレを感じました。
水本はこの年の夏に行われたワールドユースの疲れもあって、結城にポジションを奪われた印象もありました。
その後もいくつかチャンスを作ったジェフは後半24分、林に代えてハースを起用。
続いて山岸に代えて、水野を投入。
オシム監督にしては珍しく、積極的に動いていきました。
しかし、後半26分、横浜FMの攻撃。
右サイドに流れた山瀬のクロスを一度はストヤノフが跳ね返しますが、ドゥトラが拾ってミドルシュート。
これが決まって、1-1の同点となります。
横浜FMは序盤からFWやトップ下の選手がサイドに流れる動きを見せていました。
ジェフはマンマークなので、サイドに選手が流れることによって中央の守備網を分散しようということなのでしょう。
しかし、それまではジェフもしっかり守っていたのですが、このシーンはドゥトラに豪快な一発を決められてしまいました。
ドゥトラのマークは水野だったはずですが、シュートコースを消し切れませんでした。
勢いに乗る横浜FMは、28分にもチャンスを作ります。
田中隼が右サイドでボールを持つと、大島にくさびのパス。
1-2で田中が受け直してシュートを放つも、ゴール左隅を逸れます。
その後も横浜FMが攻め込み、ジェフが凌ぐ展開が続きます。
ジェフは38分、羽生に代えて工藤を投入。
この交代で流れが変わり、今度はジェフが攻め込む時間帯に。
すると後半43分。
ジェフ右サイドからのCKを一度は跳ね返されるもの、工藤が拾ってストヤノフに戻すと、左サイドのハースへ展開。
ハースが縦に仕掛けてクロスを上げると、中で結城がつぶれてファーの巻が左足でダイレクトボレー。
これが決まって2-1と勝ち越します。
阿部、巻と当時の二枚看板とも言える2人が、フクアリ初戦で記念すべきゴールを決めたことになります。
しかし、これで終わらなかったこの試合。
2-1とした直後の後半44分。
ドゥトラが左サイドでクロスを上げると、ファーで坂田が足元で受け切り返してシュートを放って2-2に。
今見ると水野はドゥトラに苦しんだ試合でした。
そのまま2-2で試合は終了。
白熱した展開で、ジェフが押し込む時間が長かったですが、横浜FMの意地を見た試合でもありました。
■必要性を感じるチームの共通認識
10年も前の試合ですから時代も大きく変わっているわけで、どれだけ参考になるのか心配でもありました。
しかし、思ったよりも見どころは多くありました。
問題はテキストだけで、それが伝えきれるかどうかですね(笑)
好評ならば他の試合の映像もあるのでまたやろうかとも思いますが、読まれた方にはどう思われるのでしょう…。
まず、一番に感じるのは、個々のレベルの高さ。
技術的な部分はもちろんのこと、選手たちのフィットネスも整っていて、ぐいぐいと動き回る印象。
戦術的なレベルも非常に高いように思います。
後方でのパスワーク1つ取っても、非常に速く迷いを感じない。
当時のジェフはカウンターということをよく言われますが、この頃にはもう人とボールが動いてパスで崩すサッカーになっている。
それでも"速い攻撃"と感じるのは、そのパスワークが素早くできているからなのでしょう。
ハリルホジッチ監督もこういった速い攻撃を目指しているのかもしれませんが、問題はそれができるかどうか。
今の日本のサッカーを知った上でそれを目指すのならわかるのですが、頭ごなしに押し付けても難しいような気もします。
どのように遅攻の形を作るのかを注目していたのですが、やはり重要なのはチームとして同じ攻撃のビジョンを描き、連携を作れるかどうかでしょう。
この頃のジェフは多くの選手が同じ形を描いてプレーできていたので、組織的に相手を崩しシュートまで持ち込めていた。
その具体的な方法論はそれぞれのチーム・監督が違ったものを持っているものだと思いますが、やはりチームとして戦うためには共通認識を植え付けなければいけない。
これは組織的なサッカーだけでなく、個人技を中心としたチームでも同様のことが言えるのではないでしょうか。
どのように個人の力を活かすサッカーを構築するかが、重要ではないかと思います。
加えてこの頃のジェフは限られたパターンだけでなく、複数の攻撃を持っているところがすごいところ。
左右中央からの崩しだけでなく、場合によってはストヤノフのサイドへのロングボールもあり、阿部のミドルもあり巻のヘディングや林やハースの仕掛けもある。
1つのことをやろうとすると他のパターンが出来なくなることも少なくないですが、非常に柔軟な攻撃を作ることができるチームになっている印象です。
これやはりオシム監督の手腕というのが、大きいのでしょう。
オシム監督はトータルフットボールを目指し、誰もが攻守にプレーできるようになり、プレーエリアも関係なく戦うことを求めていました。
"考えて走る"ということで、選手個々の判断力も重要視していました。
そういった指導もあって、臨機応変な攻撃を作ることができるチームになっていたのだと思います。
一方で、当時から惜しい試合を逃すという課題がありました。
オシム監督もこの頃に"勝者のメンタリティ"という言葉を口にしていましたが、この試合でも失点すると勢いが落ち、最後も粘り切れずに引き分けてしまった。
ただ、オシム監督が"勝者のメンタリティ"の話をしたのは、逆に言うとチームとしては良いものが作れていたからこそとも言えるのでしょう。
良いサッカーが出来ていても最後のところで勝ち切れないので、最後はメンタリティが大事という話だったのだと思います。
この直後、ジェフはナビスコ杯でクラブ初のタイトルに輝きます。
そして、この年のリーグ戦は最終節の段階で5チームが優勝の可能性を残す接戦で、ジェフもその段階で5位につけていました。
しかし、ジェフは最終節名古屋線を2-1で制したものの4位で終了と、この年もリーグ優勝は逃しました。
オシム監督は「列車はいってしまった」と語っており、リーグ優勝の可能性はすでに厳しい状況でした。
ナビスコ杯決勝直後の磐田に引き分け、その後のFC東京戦に1-2で敗れたところでリーグ優勝は難しくなってしまっていました。
特にFC東京戦の敗戦は極めて大きいものだったと思います。
ラスト3試合を勝利で飾ったものの、今思えばナビスコ優勝で満足してしまったところがどこかにあったのかもしれません。
ただ、それも今だから言えることなのでしょうが…。
この試合後にオシム監督はフクアリの盛り上がりに関して、「硬くなっていた選手がいても当然」と話しています。
昨日も話した通り、ジェフはその後長らくプレッシャーとの戦い苦しんでいる印象があるわけで、それを暗示したものとも言えなくもないのかもしれません。
今のジェフの選手たちは、サッカーを楽しんでいるようにはあまり見えませんし、どこかに負のオーラを感じる部分があります。
だからこそ、昨年のFUNというスローガンは嫌いではなかったのですが、そういったシーズンにはならなかったですね。
最後になりましたが、この試合でピッチに立った選手が2人も他界されております。
ジェフの選手ではありませんが、映像で見ていても胸が痛むものがありました。
改めてお悔やみを申し上げます。