トルシエのフラット3、楽山の苦悩、巻の幻のゴール

 自分にとってまったく知らないチーム同士が対戦する場合、試合を追うにも苦労することがあります。
 どちらか一方でも知っているチームがいれば、そのチームに対してはこれまでのベースからプラスアルファを追って行けば把握しやすいのですが、知らないチーム同士だと両チームをしっかり見ていかなければいけないわけで。
 しかし、天津康師傅深セン紅テンは、そういった苦労はあまり感じませんでした。
 トルシエ新監督率いる深センは想像以上にトルシエカラーが出ていて、日韓W杯の頃の日本代表に近いサッカーをしていました。
 その頃を思い出すことに苦労したりしましたが(笑) 


 一方の天津康師傅の監督もどこかで見たことがあるなぁと思ったら、アリー・ハーン氏だったのですね。
 選手時代にはアヤックスやオランダ代表などで活躍し、監督としてもフェイエノールトカメルーン代表などを指導。
 中国代表でも指揮を執り、2004年にはアジア杯で決勝まで上り詰め、日本代表とも対戦しています。
 時期は違いますが、元日本代表監督と元中国代表監督の対戦ということになりました。
トルシエ監督のフラット3
 深センは3バックで戦うという予想が出ていたので、まさか…とは思っていたのですが、本当にあの”フラット3”でした。
 トルシエ監督が率いていた頃の日本代表の代名詞でもあったシステムで、3バックでラインディフェンスを採用し相手の動きに合わせて積極的にラインを押し上げるというスタイルです。
 試合序盤にはフラット3の動きによってオフサイドを奪うシーンもあって、すごく懐かしい物を見た気がしました(笑)


 当時と比べると、オフサイドのルールも少しずつ変わっていて、それにあわせて流行の戦術も変化しています。
 以前はオフサイドポジションに選手がいた状況で裏にボールが出ればその時点でオフサイドがとられていましたが、現状ではその選手がプレーに関与しなければオフサイドにはならなくなっています。
 そのため守備陣はオフサイドエリアに相手選手がいる状況でも、2列目から飛び出してくる選手にも気を配らなくてはならなくなり、オフサイドトラップも狙いにくくなりました。
 …それならば、あまり積極的にラインは上げず(プレスに行けるチームは行くけれど)、等間隔に守るなら4×4の方が優れている。
 けれど、単純に4-4-2でFW2人が相手CBの守備に行くと中盤が間延びしてしまうし、2人とも相手ボランチまで下がってしまうと押し込まれてしまうので、トップ下を相手ボランチに当てる4-5-1が流行している…というのが、自分なりの1つの解釈です。
 もちろんそれだけが正解ではないでしょうし、在籍する選手の問題やチームとしての狙いによっても変わってくるものだと思いますが。



 そんな中でフラット3を採用した深センですが、開幕戦では相手が格上だった上に3トップ気味だったこともあって、5バックになってしまうことが多かったですね。
 最終ラインに人数を割く形になる分、どうしても中盤より前がスカスカになってしまいます。
 そして、巻が広いエリアをカバーする…って、あれ?去年の後半もどこかで見たことがあったうような(笑)


 サイドの2人も含めて5人でラインをキープしていましたし、押し込まれるのもある程度は織り込み済みだったのかもしれません。
 中盤の3人も下がり気味で、こういった問題は日本代表時代によく見た傾向で、「サンドニの悲劇」などを思い出してしまいましたが。
 ただ、ラインを積極的に押し上げたいのであれば、中盤より前の守備力やプレッシングというの必須なはずで、この試合ではそのあたりの課題もあって苦戦していた印象でした。
 このままのスタイルで行くのなら、チェイシングのスペシャリストである巻の存在は重要になってくるのかな?とも考えられるわけですが…。
楽山孝志の苦悩
 日本代表時代トルシエ監督の大きな特徴のもう1つが、サイドに小野や俊輔など司令塔を置くということでした。
 ボランチではなく比較的マークの緩いサイドにビルドアップの起点を置いて、そこからゲームメイクをするという狙いだったはずです。


 そのサイドの司令塔を深センで任されたのが、楽山だったようです。
 ジェフ時代の楽山と言えば、ボールを高い位置で受けて仕掛けセンタリングの形まで持っていくタイプの選手でした。
 確かにテクニックはある選手ですけど、パサーではないしビルドアップの起点になるタイプではないはずで。
 本来の得意とする役割ではない上、深センにおいては大役になりそうですから、楽山にとって難しい立場となっていました。



 深センのビルドアップは右サイドの楽山に加えて、CBとボランチが細かく繋いでいく意識の強いサッカーでした。
 このあたりを見ても、戦い方はJリーグに近い印象を受けましたね。
 相手チームも含めて、やはりロシアに比べれば二人も違和感なくやれるのでは…というのは、まぁ当然か(笑)


 深センはCBとして起用した選手もボランチもできるDFが多いようで、ボランチも決してそこまで下手な選手ではないと思います。
 ただ、ボランチまではボールが入って前を向けるのですが、そこからの判断スピード・パススピードが遅く、縦にボールが出せない。
 あるいは相手のチェックで簡単にミスをしてしまう(ようするにプレッシャーを受けた時の技術の問題ですね)。
 また、ポジションのバランス感覚も悪く、ボランチ同士で重なったりトップ下の選手が下がり過ぎ、楽山もビルドアップに参加するため低い位置にいなければならず、後方に多くの選手が集まり広い展開が作れない状況に。
 これによって「細かいパスを繋いで行きたい」という狙いは感じるものの、結局一番可能性を感じるビルドアップは巻やキレンへのロングボールという状況になってしまいました。
 巻は後方からのロングフィードに対しても、何度か競り勝てていました。
 これも当り前かもしれませんが、高さの面でもロシアに比べればやれると感じたのではないでしょうか(笑)



 さすがに監督も修正を考えたのか、後半開始からは楽山も高いポジションでうけるようになり、ようやく仕掛けるのチャンスも何度か作れていました。
 しかし、周りのフォローも少なく良い状況でボールを受けることも少なかったため、潰される場面の方が目立っていました。
 左サイドではボランチやCBがオーバーラップする“ウェーブの動き”(これも日本代表時代によく見たパターン)も見られましたが、回数自体は少なく攻撃に関してはまだまだこれからといった印象を受けました。
 楽山が前に出て縦への展開は増えましたけど、その分雑な前線へのフィードも目立ってしまいましたしね。
巻誠一郎の幻のゴール
 前半25分頃。
 右CBから左CBに大きな展開の後、左サイドの選手がキレンにくさびのパスを入れて、ボランチに落とすと、キレンが下がって空いた左のスペースにもう1人のボランチがオーバーラップ。
 その選手がボールを受けてゴール前まで持ち込むと中央には巻が。
 巻にあわせたと思われるグラウンダーのクロスは合わなかったものの、逆サイドに走り込んだトップ下(?)の選手が受けて、再び巻にクロス。
 それを巻が右足で合わせて先制ゴール!…と思ったものの、惜しくもオフサイド
 一度走り込んでいた分、少し体が出てしまったと言ったところでしょうか。
 しかし、これがこの試合で深センにとって一番のビックチャンスだったんじゃないでしょうか。



 巻のパートナーとなったキレンはジャンプ力もあって、ポストもできるタイプ。
 サイドに流れて巻へのクロスなんてシーンもあったので万能型FWなのかもしれませんけど、そこまで個人での打開力はなさそうですし、どちらかと言えばポストタイプなのかなぁと思います。
 こうなると巻と被る印象も受けてしまいますが、トルシエ監督は日本代表時代も”ダブルポスト”を採用していたこともあります。
 ポストプレーヤーを2人置くことでマークを分散し、より確実にポストからの展開を作るという狙いだったのではないでしょうか。
 ポスト×2とトップ下の関係を簡単に作れるというのも、3バックの1つのメリットではないかと思います。


 ただ、この試合ではなかなかFWへ良いボールが入らず、肝心の中盤からのサポートも遅れ気味でした。
 日本代表の時もトップ下の森島や中田英だけでなく、ボランチの稲本あたりが飛び出していって、攻撃が成り立っていた印象もあります。
 しかし、確実にポストの形を作れなければ前に行くのも怖いはずで、そのためにもやはり後方から良いボールが出てくるようにビルドアップの構築を目指さなければいけないのではないかと思うのですが。



 後半20分あたりで巻はラコビッチと交代(ちなみに楽山はフル出場)。
 ラコビッチはそのままFWに近い位置でプレーしていましたが、ボールが出てこないこともあって後方に下がって受けようというプレーが多く見られました。
 結果的にはそれでボールが動く回数も増えたので良かったようにも見えますが、その分前の枚数が減ってしまうことを監督がどう評価するのか。
 FWが下がる分、中盤の選手が前に行けば良い流れが作れるかもしれないと考えるかもしれないですし、どういった攻撃の形をチームとして作っていくかで巻の立場も変わる可能性があるのかなぁとも思います。
 中盤の選手達がちょっと頼りないだけに。
■勇気を持って、前へ
 試合の方はCKからの失点で深セン0-1で敗戦でしたが、結果は仕方がないかなとも思います。
 基本的な選手の技術面もあちらの方が上でしたし、ハーン監督は09年に就任しておりチームとしての完成度も全く違う。
 相手が得点後に後方でボールを回し始めた時などは、「勝ち方がわかっているチームだなぁ」と素直に感心しました。
 あのG大阪が負けたというのも、間違いではなかったのだなと思いました。
 トルシエ監督は今年2月末から就任と時期的にも遅かった上、巻や楽山、スロベニア人選手の合流も遅かったはずですしね。



 今期新しく3バックを導入したチームを、真剣に見たのはこれで3例目。
 1つは先日行われたJリーグ選抜戦の日本代表。
 ただ、3.5バック気味でしたし(良いアイディアだとは思いますが)、公式戦でもなかったですから真価が問われるのはこれからでしょう。
 もう1つは開幕戦での岡山ですが、こちらは良くない状況でしたね。
 守備では相手に押し込まれてズルズルと下がってしまっていましたし、ビルドアップでもストヤノフに巻弟が激しくマークされて潰されていました。
 広島やジェフではストヤノフがマークされても他の選手がボールを出せたわけですけど、そこまでの形は作れていないのかなと。
 チームとしての狙いを持って3バックを採用したというより、ストヤノフがいるから3バックにしたという印象でした。


 岡山に関しては今後の改善に期待したいところですが、それに比べれば(比較するのも失礼ですが)深センは3バックでのチームとしての狙いがしっかりと見えていたと思います。
 トルシエ監督らしく3バックの指導から始めたのかもしれませんが、細かくラインコントロールをし、横のラインを綺麗に作り上げていたところは素晴らしいと感じました。
 実際に失点も1に抑えたわけですし、3バックが疲れて下がってしまうこともなかったと思います。
 しかも、それを強豪チーム相手に実施しようとしたわけですから、チームとしてのやりたいことは明確なんじゃないでしょうか。



 チームとしての方向性が明確なのであれば、次の問題はその方向性の先にどれだけの伸び白があるか。
 フラット3のラインは最後まで大きく崩壊することはなかったですし、これからも3バックで戦うのではないでしょうか。
 そうなるとフラット3を活かすためにも、まずは中盤より前のラインをキープすることが大切だと思います。
 そのためにはプレスを強化することと、ビルドアップを向上させることでボールロストの回数を減らす(ボールの奪われ方を改善する)ことが必要なのかなと思います。
 そして、その先にある攻撃面の改善が今後求められる大きな課題ではないでしょうか。
 この点に関しては、日本代表時代もあまり得意ではなかったようにも思うので、その点は少し心配ですが…(笑)



 しかし、攻撃はうまくいかなかったとはいえ、そこまで悲観することもないと思います。
 特に幻となった巻のゴール。
 3バックでサイドチェンジをし、サイドがくさびのパスを出して、FWがポストをしている間に中盤から1人出ていって、トップ下の選手がゴール前まで顔を出して、もう1人のFWがゴールを決める…。
 この展開はトルシエ監督の理想とする形の1つなはずで、結果はオフサイドではありましたが、開幕戦で強豪相手にいきなり作れたわけですから。


 この回数を増やしていくことが期待されますね。
 前半は相手を恐れていた印象もありますし、後半は相手も守備を固めてきたこともあってか、雑なプレーも増えてしまいました。
 恐れずに自信を持って、あの時のような展開を続けていくことが、深センにとって何よりも大切ではないかと思います。
 …たぶんトルシエ監督も含めて、ですね(笑)